Discography

PIANISTIQ
誰も知らない、ピアノの限界のその先へ。

「もっとピアニスティックに弾きなさい!」
昔、ピアノのレッスンで何度となくお師匠様に言われた言葉です。

“ピアニスティック”
直訳すれば「ピアノ的な」「ピアノらしい」という意味にでもなるのでしょうか。お師匠様はきっと、もっと豊かな音楽表現を求めて私にそう言ったのでしょう。

でも、ピアノらしさって何でしょう。音域、音量、敏捷性など様々な面において制約から解放されたこの楽器にとって、「らしさ」とは何か。
ピアノの音は美しいです。でも、何も美しい音色を奏でる楽器はピアノだけではありません。ピアノほどではないにしろそれに近い敏捷性、音域を誇る楽器もあります。
この楽器の持つ可能性を、どんな言葉で呈示できるのでしょう。これからこの楽器はどんな音楽を奏でるのでしょうか。
多くの特殊な奏法や、超絶技巧的な楽曲もそんな探究心から生まれてきたものなのではないでしょうか。

従来の奏法や使用法にとらわれず、ピアノの持つ新たな可能性を、私なりに追求してみました。
自分探しの旅ならぬ、「ピアノ探しの旅」の始まりです。

2016/10/30 M3 2016秋
第一展示場 D-13a [UtAGe] 800円

01. 12KEYS
作曲 / Sebastian

02. 涼風
作詞 / カヲル 作曲 / Sebastian 歌 / ハイ

03. una corda/tre corde
作曲 / Sebastian

04. レール
作詞 / カヲル 作曲 / Sebastian 歌 / ハイ

All songs produced / UtAGe
Compose & Piano / Sebastian
Lyrics / カヲル
Vocal / ハイ
Mix&Mastering / Sebastian
Illustration / K.Tachikawa
Design /ハコファクトリィ

◆01. 12KEYS

シェーンベルクという作曲家がいました。
12音技法という作曲技法を編み出したことで知られていますが、この12音技法は、楽曲の中で1オクターブの12音を対等に使うことでそれまでになかったような響きを得られることを意図していたといわれています。

しかし、その技法が現代の音楽のメインストリームになったかといえば、全くそんなことはありませんでした。
それもそのはず、基本的に不協和音程で成り立つこの12音技法の音楽は、あまり「美しい」という印象を持てませんし、何よりも難しい音楽のように感じてしまいます。

それまで何世紀もかけてヨーロッパで作られた何種類かの美しい音列(代表的なものがいわゆる長調と短調です)を打破するには至りませんでした。

ですが、今までのルールを一気に打破しようとしたこの試みは、常に新しい音楽の創造を目指していた作曲家にとっては大変に画期的な出来事でした。
20世紀の音楽は常に新しい方法論を求め続け、枝分かれ的に新しい技法が次々と生み出されました。

こうした音楽は先述の通りわかりやすい音楽ではありません。でも、こういった要素、思想を踏まえつつ何とか面白さが伝わるようなつくり方をできないだろうかと考えました。

この曲では、1オクターブ中の12の音をすべて同じ数、186回ずつ使用しています。
また、厳密な12音技法ではありませんが、対等に扱ったり、音列を作ったりするという意味でその考え方や一部のルールを取り入れています。

一方で、べース、ドラムとトリオの編成にすることで従来のコード感やリズム感を踏襲し、あくまでポップスであると主張できるような楽曲に仕上げました。

◆02. 涼風

ピアノ3台と歌という編成です。
実はピアノ2台までなら世の中にたくさん楽曲があります。2台ピアノはかなり研究の進んだ分野といえます。
ところが3台以上になると作品数はガクッと減ります。

いろんな理由があります。例えば複数のヴァイオリンで同じドの音を鳴らすと、本数が増えるに連れて音色が変わっていきます。段々豊かな音になっていきます。オーケストラがアレだけの本数の弦楽器を必要とするのにはちゃんと理由があるのです。
でもピアノは2台以上で同じ音を鳴らしても、全然美しい音になりません。どちらかというと不快な音になります。
これは楽器の構造上の問題でどうしようもありません。

ということは、複数のピアノで曲を演奏するときは、なるべく同じ音を同時に叩かないようにしなければなりません。
つまり、台数が増えるに連れて、弾ける音の制約がどんどん増えていくのです。
演奏の自由度を考慮すると、また、得られる効果を考えると2台までになってしまうのが通常であるという部分は否定できません。

でも、2台で限界かといわれると、そんなこともないと思うのです。
ピアノが他の楽器に圧倒的に勝っている部分として、その音域の広さがあります。
これに関しては本当に圧倒的で、ヴァイオリンの約2倍、トランペットの3倍以上と、そもそもピアノに対抗できる楽器を探す方が大変です。
そして、そのすべての音域を自由に演奏できることもピアノの強みです。
ということは、「超低音」「低音」「中音」「中高音」「高音」「超高音」のように何となく6つのポジションを設定してやって、両手で計2音域担当すれば、ピアノ3台いけるんじゃないかということを考えました。
サッカーみたいですね。ポジション被らないように選手を配置するという意味で。

そうすれば、音域は広いけれど同時に鳴らせる音域には制約があるピアノが、同時にいろいろな音域で音を鳴らせるようになるとも思いました。もしかしたらピアノの楽曲というよりも、例えばミニマルの電子音楽であったり、ロックであったり、そういう音色に聞こえるんじゃないだろうかという想像の元、作りました。

出来上がったのがこの曲です。

◆03. una corda/tre corde

ピアノには3種類のペダルがあります。
右のペダルは鍵盤から手を離しても音が伸び続ける、いわゆるサスティンの効果が得られるペダルで、最も頻繁に使用されます。

真ん中のペダルはそのとき押している鍵盤の音だけが長く延びるという効果があり、こちらの使用頻度は極端に低いです。私も数えるほどしか使ったことがありません。

さて、一番左のペダルの効果は知らない人も多いのではないでしょうか。
ピアノの1つの音は、3本の弦をハンマーで同時に叩くことで鳴ります。(低音は1~2本)
このペダルを踏むとハンマーが少し右にずれ、2本の弦だけを叩くようになります。
すると、音色が少し柔らかくなり、音量も多少小さくなります。
楽譜上で、この左ペダルを踏む際は”una corda”(1本の弦で)という指示が出されます。2本なのに不思議ですが、昔のピアノの弦は2本で、そのときの名残だそうです。解除するときは”tre corde”(3本の弦で)という指示。こちらは3本なんですね。

つまりピアノはこのペダルの切り替えによって、いわば2種類の音色を持っているといえるのです。
普段は小さい音で演奏したいときや、少し響きを制御したいときに使用するペダルですが、これを普段の音色と対等に使用したらどうなるだろうかと考えました。

この楽曲は2台のピアノを使用します。1台は常にtre corde、もう1台は常にuna cordaで演奏します。
同じピアノなのに、全く違うキャラクターの音色が1つの楽曲を奏でます。

◆04. レール

ピアノには白鍵と黒鍵があります。
この曲のピアノはただひたすら黒鍵のみを叩き続けます。本当に100%黒鍵です。

ショパンの楽曲に「黒鍵のエチュード」という曲があります。名前の通り「ほとんど」黒鍵ばかりを叩く曲です。
でも、「ほとんど」なのです。実は必要に迫られるようにして白鍵も叩いています。曲の流れ上どうしても白鍵なしには成立しないのです。

時代は変わりました。多くの作曲家たちの研鑽の成果と、民族音楽の要素などが取り入れられた結果によって、現代では黒鍵のみで成立する曲を作ることも十分可能になりました。例えばある種の日本音楽は、黒鍵のみで成立する音階で作られています。

実はこの曲のボーカルパートは、白鍵に相当する音を歌っている部分もかなりあります。なので、純粋な黒鍵のみの音楽とは言いがたい部分もあるのです。でも、たった5種類の音しか使えない制約だらけのピアノの響きを補ったり、時にはちょっとドキッとさせる音としての要素だったり、重要な役割を果たしています。

昔「楽器フェア」というイベントで、白鍵のみのピアノを目にする機会がありました。
これと逆の発想で、ピアノに黒鍵しかなかったらというところからこの曲のアイデアはスタートしました。
黒鍵しかなかったら白鍵部分は落とし穴です。実際「黒鍵のエチュード」を演奏すると、かなり指が宙に浮いてる感覚があります。
音階的にも、使えない音があるのでちょっと不安定なふわふわした印象があります。平均台の上を歩いているかのようなこの感覚は、制約のある音楽ならではの魅力かもしれません。
また、トーンクラスター奏法といって、隣接する複数の鍵盤を手のひらなどで同時に演奏する技法が現代音楽などに用いられますが、この曲には黒鍵のトーンクラスターが各所に取り入れられています。でも、白鍵と違って音の間隔が広いのでそんなに濁った感じがしません。